劇団四季ミュージカル 李香蘭 観てきました。



  今年、映画のペースは昨年に比べて約半分にペースダウンしてしまっていますが、なんとかミュージカルの観劇は月一ペースをなんとか頑張っています。そん中、今回は劇団四季李香蘭を観てきました
 ちなみに、歴史は大の苦手。李香蘭はもちろん、別に歴史に興味があったわけではなく、中国っぽい音楽が聴きたい気分だったと言うだけの、簡単なノリで行ってきました。もちろん、昨年上戸彩が主演を務めたテレビドラマがあったことも知りませんでした。
 ちなみに「りこうらん」という読み方すら知らなかったくらいです。


●ストーリー(ネタバレあり)
 第二次世界大戦終戦直後の中国。「殺せ! 漢奸(かんかん=戦争中に日本に協力した中国人:祖国反逆者のこと)、裏切り者を」と民衆が叫ぶ、裁判所。被告席に立つのは李香蘭(野村玲子)。彼女は満州映画協会で活躍する、歌って演技もする人気女優。日本が出資する映画会社で日本の宣伝工作をした罪で裁かれようとしている。
 検察官(川地啓友、川原信弘、池田英治)が死刑を求刑した時、李香蘭は驚くべき告白をする。「私は中国人ではありません。日本人なんです。」と。李香蘭の本当の名前は山口淑子。日本人であれば祖国反逆罪は問えない。弁護官(林和夫)が戸籍謄本を裁判長(種井静夫)に提出し、さらに証人・李愛蓮(五東由衣)が証言する。その場にいた者は困惑するが、裁判長が口を開く。どういうことなのかと。

 1920年、満州鉄道で社員に中国語を教える山口文雄(山口嘉三)と、山口アイ(大橋伸予)の間に第一子が生まれた。彼女の名は山口淑子。
 1933年、当時の中国では親しい家族同士で儀礼的な養子縁組をすることは珍しいことではなかった。山口淑子も父・文雄の親友の李将軍(青木朗)の養女となり、美しい名、李香蘭と言う名をもらった。この時若干13歳。

 1932年に日本は満州に、満州国を建国。アジアの5つの民族が平等に暮らす「五族協和」を建国の理念に掲げていたが、実際は関東軍が実権を掌握し、他民族を虐げていた。その不満は日に日に増し、各地で抗日運動が広がっていた。それを弾圧するために関東軍はさらに圧力をかけた。
 李香蘭が慕う杉本(芝清道)は関東軍に、五族協和の理想はどこへ行ったのかと詰め寄るが、より豊かな国にするためには、五族の中でも優れている日本人が他民族を率いていかなければならない。そのためには少々の犠牲も仕方がないと言われる。
 李香蘭が姉と慕う李愛蓮も抗日運動に加わることを決意する。それは別れを意味していた。日本を愛し、そしてまた中国を愛する李香蘭は心を痛めていた。

 1937年、日本は北京を占領、上海を爆撃。そして1938年、関東軍は日本を宣伝するために、満州映画協会(満映)を設立。満映は李香蘭の歌と美貌に目をつけた。李香蘭も日本と中国を結ぶ架け橋になれればと女優としてデビューすることを引き受けた。
 日本の国策映画に次々と出演する李香蘭の人気は瞬く間に広まった。そして李香蘭が日本人であることを疑う者は誰もいなかった。
 そしてその人気は日本にも及んだ。ぺ ヨンジュンチェ・ジウ以上の人気(by 川島芳子(濱田めぐみ))だ。
 そして1941年、李香蘭は日満親善として来日し、日劇でのワンマンショーではチケットを求めて日劇を7回り半の観客が集まり、けが人まで出る騒ぎとなった。俗に言う「日劇七回り半事件」である。
 中国と日本の架け橋を夢見た李香蘭は、出演した映画で中国人がどれだけ傷ついているかを知り、自分を呪った。

 ちょうどその頃、日本軍は真珠湾を攻撃、第二次世界大戦が勃発。

 愛蓮達は中国を自分たちの手で奪い返そうと戦っていた。中国でも日本でも若者達が死んでいく。しかし日本のマスコミは勝利が近いと報道していた。李香蘭はもちろん日本人の多くがそれを鵜呑みにしていた。
 そんな折り、李香蘭と愛蓮が久しぶりに再開。愛蓮から日本の戦況を聞いて落胆する。慕っていた杉本も徴兵され、その場所は苦戦を強いられている場所だったのだ。
 そして1945年、米国は広島と長崎に原爆を投下。日本は敗戦した。満州国は13年という短い歴史に幕を下ろした。
 中国では、中国人でありながら日本に協力した売国奴の裁判が行われていた。その中に李香蘭もいた。軍事裁判所で李香蘭が日本人であることが立証されると、裁判長は李香蘭に無罪を告げた。、「徳をもって怨みに報いよう――以徳報怨」という言葉を。




●感想、思ったこと(ネタバレあり)
 歴史アレルギーの僕ですが、13歳役の野村玲子はだいぶ無理がありましたが、とっても楽しめました。冒頭で書いたように観に行ったきっかけは軽いノリでしたが、これほど感動し、涙が出てくるとは思いませんでした。
 現在の日本にいると、戦争なんて遠い世界のことのよう。小学校で習った歴史では、日露戦争が1904年、満州事変が1931年、2・26事件は1936年。いつ、どんなことが起こったかは習っても(覚えていないけど)どうしてそれが起きたのか、複数の史実がどう結びついているのか、そしてそこに出てくる人々がどう思って生きてきたのか。そんなことまでは習っていないと思います。ましてや「漢奸」なんて一生知らなかった言葉だと思います。(ATOKですら変換できないし。)
 もちろんミュージカルというエンターテイメントですから、歴史の授業を受けている、そんな難しいことばかりでなく、ぺ ヨンジュンネタや、日本人の働き過ぎのルーツなどを交えたジョークもあったり、もちろん歌や踊りも迫力ある、そんなミュージカルです。
 歴史は大嫌いの僕ですが、学校でこういう教え方をしてくれたらもっと興味を持ったかも知れないのに。。。約10年前くらいから授業時間を減らす「ゆとり教育」を実施し、その分、学力低下が起きてしまった。ゆとり教育ってただ単に授業時間を減らすのではなく、学習範囲を狭くするなら狭くしたで、余った時間をもっと「考えさせる」ための時間に使えばいいのにと思います。例えば歴史なら教科書を置いて、李香蘭だったり、戦争映画のようなものを観て、史実についてじっくり考える時間を作るとか、そういう教育をしていれば、詰め込み教育だけでなくもっと考える人が増えていたと思います。
 なんか最後は、歴史が大の苦手の僕が偉そうなことを書いてしまいましたが、話を戻しますと、オススメのミュージカルです。歴史が苦手な僕でもとっっっっっても楽しめました。歴史が苦手の人でも楽しめる作品だと思います。ぜひどうぞ。


観て良かった度:●●●●●















ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック