美術館:ゴッホ展 in 国立新美術館



 国立新美術館で行われているゴッホ展「没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」に行ってきました。行ってきましたと言っても実際に行ったのは11/18。だいぶ前なのに記事にしていなかった・・・。正直、だいぶ忘れてしまいました。。。

 今回のゴッホ展、タイトルが「こうして私はゴッホになった」とあるように、ゴッホの作品だけでなく、ゴッホに影響を与えた画家の作品も多く展示しています。ちなみにゴッホの作品は、油絵35点、 素描等約30点。その他を含めて123展が展示されています。



 第1章は「伝統-ファン・ゴッホに対する最初期の影響」と題されています。
 「秋のポプラ並木」という作品。ゴッホの特有の筆遣いや絵の具を盛り上げて作る作品とはちょっと違う作品でお気に入り。
 一方、その隣の「曇り空の下の積み藁」はゴッホらしい筆タッチ。

 第2章は「若き芸術家の誕生」と題し、聖職の道を断念した27歳のゴッホが芸術家を目指し、独学で勉強し、模写やデッサンをしていた頃の作品を展示していました。特に「掘る人」と題された作品が数多く展示されています。見ている時は何でだろう?とその意味がわからなかったのですが、ブログを書くために調べてみると・・・。禁断のリンゴを食べて楽園を追放されたアダムはそれ以降畑を耕すという労働を課せられたそうです。聖職者を目指していたゴッホにとって掘る人というのは特別な意味を持っていたそうです。
 ここでもゴッホの作品だけではなく影響を受けた作品が展示されていましたが、マシュー・ホワイト・リドリーの原画による「石炭を掘り出す坑夫」(木口木版)は素朴なんだけどリアルで、見入ってしまいました。

 第3章では「色彩理論と人体の研究-ニューネン」1883年にニューネンに移住したゴッホは素描から絵画に向い出しました。1885年32歳。近所に住むマルホという年上の女性と恋に落ちたゴッホだが、彼女の両親に結婚を反対されたマルホは自殺を図る。そしてゴッホの父親は脳卒中で急死する。これらの出来事がゴッホとキリスト教との関係を悪化させていった。
 ちなみにこの章で気に入ったのはテオデュール・リボの「卵のある静物」と、アントン・ファン・ラッパルトの「紡績工場の労働者」。


 第4章は「パリのモダニズム」。1886年にパリに移ったゴッホは浮世絵や印象派に触れ、影響を受けました。ジョルジュ・スーラの「オンフルールの港の入口、ポール・ニシャックの「ボワ=コロンブ近くの鉄道乗換駅」のように混ぜて色を作るのではなく、異なる色を点で表現して色を作る技法を取り入れました。
 ここで気に入ったのはゴッホの「ヒバリの飛び立つ麦畑」と、アルフレッド・シスレーの「モレのポプラ並木」

 第5章は「真のモダン・アーティストの誕生-アルル」。日本に憧れたゴッホは1888年に南フランスに移る。そこで見た光景は彼の想像する日本だったそうです。1年足らずの間に数々の傑作を描き上げ、生涯で一番幸福だったと言われているそうです。ゴーギャンとの共同制作もこの頃。この頃、描く対象も変わり、教会や掘る人などの作品はいっさい描かなくなり、花など明るいものを描いているのも特徴だとか。
 ゴーギャンとの共同制作中、個性の強い2人はうまくいかず、カミソリでゴッホがゴーギャンを襲おうとするが、ゴーギャンににらみ返されたゴッホは自分の耳を切り落としてなじみの娼婦に送りつけるという「耳切事件」が発生する。
 この章でのお気に入りはゴッホの「糸杉に囲まれた果樹園」

 最終章は「さらなる探求と様式の展開-サン=レミとオーヴェール=オワーズ」。
 耳切事件のあと、南フランスのサン=レミに移ったゴッホだが、それは精神病の治療のためだったそうです。絵の具を食べようとしたり、幻聴を聞いたり、幻覚を見たり・・・。明るいタッチから、再び「掘る人」が復活しました。筆遣いも力強く荒々しい。それは不安から来ているのではないかと言われているそうです。悲しいかな、僕が「ゴッホらしい」と思っていたのは、この不安でいっぱいの時代の作品だったんですね。
 そしてこの章で良いなと思ったのは「サン=レミの療養院の庭」なんて皮肉なんでしょうか。


 37歳、自分の腹に銃弾を撃ち込み自殺したゴッホ。
 実は、今回の展示の中で良いなと思う絵はゴッホじゃない画家の作品だったんです。あまりゴッホとは相性が良くないみたい・・・。(汗)
 ゴッホは誰でも聞いたことのあるほど有名な画家ですが僕とは相性が良くない。逆に聞いたことない画家の作品を気に入ったりします。それは今回の展示だけに限ったことではありません。有名な画家というのは、自分の芸術を追い求める軌跡だったり、考え方だったり。1枚、2枚いい絵を描く画家ではなく、人生そのものがキャンパスだと言えるような画家が有名になるんでしょうね。死んでから有名になる芸術家が多いというのはきっとそう言うことなのかなぁと納得した1日でした。








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