劇団四季 異国の丘 を観てきました。



 最近、記事を書く度に同じことを書いているような気がします。久々の更新となった今回は、李香蘭に続いて、劇団四季昭和の歴史三部作の2作目、ミュージカル異国の丘を観に行ってきました。

●ストーリー(ネタバレあり)
 第二次世界大戦後、極寒のシベリア。そこに、帰国を願い祈り続ける日本人達がいた。その数、約60万人。戦後ソ連に拘留された彼らは、想像を絶する飢えと寒さのなかで過酷な重労働を強いられていた。
 真ん中に立っているのは、九重秀隆(荒川務)。昼間は重労働を強いられ、夜はソ連からの尋問を受け、眠る間もない。ソ連は当時の首相・九重菊麿(武見龍磨)の長男である彼をスパイにしたてようとしていたのだ。しかし、「脅しで屈して祖国を裏切る人間ではない」と断固たる姿勢で臨んでいた。そんな彼は収容所(ラーゲリ)の仲間たちと話すうちに、アメリカに留学していた青春時代を思い出す。

 1937年、ニューヨーク。彼は政治学を学ぶため留学していたころ。当時、ゴルフ部の主将だった彼は全米大学選手権で優勝し、秀隆の大学教授のクリストファー・ワトソン(志村要)とその友人のアグネス・フォーゲル夫人(武木綿子)らがその祝勝会をひらいてくれたのだ。その祝勝会ではアグネス夫人らはサプライズな催しをひらいてくれた。それは男女が代わる代わる入れ替わってダンスをし、音楽が終わった時の相手が今夜のダンスのパートナーとなるというルール。しかも、その相手とは国籍や名前などはいっさい聞いてはいけないルール。
 ボチと呼ばれていた秀隆はそこで美しい東洋人女性とパートナーとなった。国籍を聞く秀隆にその女性は「それはルール違反よ」と答える。「どこの国から来ようと、私は私」「名前があろうがなかろうが、僕は僕」互いに惹かれあうが、名前さえも知らないままパーティーの終わりが近づいていた。二人は別れ際に再開の約束だけをして別れていった。
 次の日、学友の神田(深水彰彦)と、英国総領事館でひらかれたジョージ6世の祝賀パーティーに出かけた。そこでは中国の蒋介石総統の夫人・宋美齢(中野今日子)が、日本の中国侵攻を批判し、そして中国への支援を訴えていた。そのパーティーで秀隆は昨日の彼女を見つけた。再開に喜ぶ二人だが、その喜びは次の瞬間悲しみへと変わる。
 彼女は中国の高官令嬢の宋愛玲(木村花代)。秀隆はその中国を侵攻している日本の首相の長男。しかも敵同士であるだけでなく、愛玲には許婚である蒋賢忠(中村伝)がいるのだ。とまどいながらも惹かれあう二人に、周囲は猛反発する。
 そんなとき、日本軍は愛玲の故郷である上海に侵攻を開始し、両国の全面戦争は決定的なものとなった。愛玲はすぐに中国に戻らなければならない。一言だけでも秀隆と話がしたいと秀隆の元へと走る。それを知った友人の李花蓮(岡本結花)の許婚である劉玄(青山祐士)は拳銃を持って彼女の後を追う。再開した秀隆と愛玲だが、敵国の首相の長男に向け劉玄の拳銃が火をふいた。
 運よく銃弾は外れたが、神田に取り押さえられる。怒る神田だが、当の本人である秀隆は劉玄に「この戦争を終わらせるにはどうすればいいのか?」と尋ね、彼を許すことにした。
 そして秀隆は日本へ。愛玲は中国へとそれぞれの帰路へついた。

 日本に戻った秀隆は父・九重菊麿首相の秘書官となり、和平工作のために上海に向かうことにした。菊麿はこれまでも和平工作を行おうとしたが、日本の軍部によって阻止されてきた。今回の和平工作も難極まる密命である。
 単身上海に向かった秀隆はワトソンやアグネス夫人らの協力を得て、愛玲を探し当てた。愛玲の父親である中国司法大臣・宋子明(山口嘉三)の紹介で蒋介石総統に会い、和平の親書を交わすためであった。
 宋子明に会った秀隆だが、宋子明は迷っていた。和平への日本の案は決して中国にとって有利なものではなかった。しかも秀隆が本当に和平を望んでいるのかすらわからなかった。宋子明は李花蓮や劉玄から秀隆のことを聞く。李花蓮は、かつてニューヨークで劉玄が秀隆の暗殺を企てた時のことを話す。宋子明は劉玄に「その時秀隆はなんと言ったのか?」そう聞くと劉玄は「この戦争を終わらせるにはどうすればいいのか?」と尋ねたと答えた。
 秀隆が心の底から和平を望んでいることを確信した宋子明は、秀隆に会うことにした。実際に秀隆に会った宋子明は、「こんな条件を呑めと言うのか。中国は広い。いくら日本軍でも中国全土を制圧できるわけがない。」と言う。「おそらく日本軍は負けるでしょう。しかしそうなる前に中国にも犠牲者がたくさん出ます。犠牲者を出さないためには呑んでいただくしかありません。」宋子明は、言われなくても同じ考えだった。宋子明と愛玲は、菊麿の親書を持って蒋介石総統のところへ向かった。
 そんな愛玲は心の中で葛藤が続いていた。秀隆からは和平が実現したら結婚しようと言われていた。一方で、和平が実現したら許婚である蒋賢忠と結婚をすることが、菊麿の親書を届ける条件になっていたからだ。
 「和平の実現は、私とボチさんの愛が終わるとき。誰か教えて、引き裂かれた愛のゆくえを・・・。」悲しむ愛玲の姿があった。

 蒋賢忠は父・蒋介石総統の親書を愛玲に託した。蒋賢忠は愛玲が日本人である秀隆を愛していることをその時感じた。愛玲の幸せを願う蒋賢忠は自分は引くことを宋子明に伝えた。
 無事に蒋介石総統の親書を手に入れた愛玲は、秀隆が待つ上海へと戻ってきた。しかし劉玄は「ここは憲兵隊に取り囲まれている。」と手渡し場所を変更する。しかし、それは劉玄の罠だった。劉玄の放った銃弾は愛玲に当たってしまう。和平実現を信じ、お互い一緒になれることを夢見た二人。その愛する秀隆の腕の中で命尽きる愛玲。そして憲兵隊に取り囲まれた秀隆は、冷たくなった愛する愛玲を抱きしめながらこうつぶやく。「戦争は終わらない。日本は敗れるだろう・・・。」

 軍部に反抗し和平工作を遂行しようとした秀隆は、懲罰召集で満州に配属された。そして広島に原爆が投下された2日後の1945年8月8日、中国と日本の兵力が衰えてきたところにソ連が侵攻。秀隆はソ連に捉えられ、捕虜としてシベリアへと連れてこられた。ここに収容されている仲間は、日本に帰すと騙されて連れてこられた人ばかり。その数60万人。寒さと飢え、労働で息絶える日本人もいた。生き残った人は、命尽きた人たちの遺言を、日本に帰った時に伝えるために覚える日々もあった。
 そんな時、秀隆はかつての友人、神田に再会した。神田はソ連の協力者になることをすでに受け入れ、秀隆にもサインするようにし向けるためにこの収容所に連れてこられたのだった。
 しかし日本人としての誇りと、命をかけて国を救おうとした愛玲を思うと国を裏切ることはできないでいた。そんな秀隆をソ連軍は毒殺することを決定する。




●感想、思ったこと(ネタバレあり)
 李香蘭に続いて本作も見応えのあるとても素敵な作品でした。
 ソ連の強制収容というと、電車に時々広告が出ている平和祈念展示資料館の広告ぐらいしか知りませんでした。この資料館の広告は水木しげるさんの印象的なイラストの広告ですので、見たことがある方も多いかと思います。マイナス30度という極寒の冬でも支給される防寒外套は春夏用のもの。飢えをしのぐためその外套の袖を切り取り仲間の食糧と交換する者もいたそうです。ソ連との外交が回復した1956年まで10年以上も帰国できない人もいたそうです。
 そんなソ連の収容施設・ラーゲリに収容された九重秀隆の話。このミュージカルでは日本が一方的に悪いと言っているのでも、ソ連を卑下しているのでも、もちろん中国をどうのこうのと言っているのではなく、史実に基づいた事象を物語っている。そこにエンターテイメントとしても王道の叶わぬ恋を入れて、歴史アレルギーの僕でも、とっっっっても楽しむことができました。
 特にあの音楽に乗せた平井の遺言のシーンは、涙を流し、鼻をすする人も多く、それ以外にも涙腺を刺激するところも多々ありました。

 ところで、日本で万葉集ができた時、ソ連の歴史はまだ始まっていなかった。尊い文化を持つ民族としての誇りを亡くしてはならないと言うシーンがあるのですが、今の日本に、日本人であることをそれほどほこりを持っている人ってどのくらいいるんだろう。食品の産地偽装、使い回し、犯罪に関しても無差別は犯罪も多く、社保庁のように国が平気で詐欺をする、ニュースを見ていて明るい話題はほとんどない。そんな現在の日本に誇りを見いだせません。当時の日本は過ちを犯し中国やその他の国にひどいことをしてしまいましたが、それでも自分の国に誇りを持ち、信じていた当時の方が、幸せな部分もあったのかもしれませんね。


観て良かった度:●●●●●












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