映画:宇宙(そら)へ。



 公開初日の8/21と22はなんとすべての映画館で500円という超低価格設定。記事にするのが遅くなっちゃいましたが、初日の8/21に宇宙(そら)へ。を観てきました。低価格設定にもかかわらず映画館のスタンプカードには押印してくれました。スタンプの値段を考慮すると実質300円未満で観ることができました。
 最近、出張だったり、ドラクエにはまっていたり、教習所に通ったりで記事にするのがだいぶ遅くなりました。


●ストーリー(ネタバレあり)
 久の昔から、私たちを惹き付けてやまない無限のフロンティア、宇宙。“未知を知りたい”という野望は、微かな胎動から、大きなうねりとなる。人類最大の冒険の物語は、今からおよそ50年前に始まった。
 アメリカ陸海空軍から7人の命知らずが、宇宙を目指す危険な任務に選ばれた。様々な条件をクリアした心身ともに屈強な男たち。彼らが担うのは、全米史上初の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」。星の船乗り……アストロノーツの誕生だ。時は、東西冷戦の真っ只中。アメリカのミサイルはソ連に向けて配備されていたが、争いの舞台は地球だけでなく宇宙へと拡大していた。

どちらが先に、
宇宙に人間を送り込めるか。

 1961年4月12日。ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンは、遙か上空の宇宙から地球を眺めていた。人類初の有人宇宙飛行を成功させたのは、ソ連。それに先立つ1957年10月、ソ連が成功させたスプートニクの打ち上げに危機感を募らせたアメリカは、その「スプートニクショック」をバネに翌58年にはNASAを設立。宇宙開発に全神経を集中させることになる。ガガーリンに遅れることわずか23日後にはアメリカも有人宇宙飛行には成功したのだ。が、その飛行時間はわずかに15分28秒。まるでキャッチャーフライのようなその弾道飛行は、ガガーリンが果たした地球一周の周回軌道飛行には遠く及ばないものだった。

我々は決断した。
60年代のうちに月に人間を送る。

 第35代大統領ジョン・F・ケネディの、その決断に端を発した「アポロ計画」が人類を初めて月面に到着させたのは周知の事実だが、月への道程には幾多の困難が待ち受けていた。人類を宇宙へと送り出すことが最大の目標だった「マーキュリー計画」に続き、複数の飛行士を同時に宇宙の人とすると言う目標を掲げた「ジェミニ計画」では、34歳のエドワード・ホワイトが人類初の宇宙遊泳を成功させ、2機の宇宙船が約30センチの距離で飛行するという荒業も達成する。宇宙飛行史上初めての“ランデブー飛行”の成功で、月に到着し、無事に帰還する方法にも光が見えた。だが、成功は続かない。月面到達を目標に掲げた「アポロ計画」実現のため、人類が生み出した史上最も強力なロケットの最初の乗組員だった3人の宇宙飛行士が、地上訓練中の事故により命を奪われたのだ。その中の一人は、英雄エドワード・ホワイト……。

“静かの海”よりヒューストンへ。
“イーグル”は着陸した

 1969年7月20日。幾多の“不可能”を乗り越え、アポロ11号の月着陸船「イーグル」は、想定外のトラブルに見舞われながらもついに月面に着陸した。“月からの初めての生中継”で、月面のサラサラした砂地に足を降ろしながら、ニール・アームストロング船長は言った。「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」。その4ヶ月後、アポロ12号も月面着陸に成功。月を歩いた人間は、4人になり、6人になり、10人になった。月面車を走らせ、鼻歌さえ歌った。しかし地上では、ベトナム戦争が泥沼化。宇宙開発は行き詰まり、夢は終わろうとしていた。

私たちが成し遂げたのは、夢を現実にする壮大な旅。
その旅を支え続けたのは、故郷である地球だ。

 ロケットの時代は終わり、これ以降の宇宙の旅には、再利用可能な宇宙実験にも適した「スペースシャトル」が使われるようになる。その登場は、宇宙旅行を劇的に変えた。宇宙への旅は日常になり、時として商業的に使われることにもなった。しかし、地球から宇宙に飛び出すことには、変わりない。これまでと同じように強力なロケットが必要だった。失敗は、死を意味する。それもまた変わらなかった。

管制室-
「機体爆発との報告が入りました。回収部隊と連携し、対応を急ぎます。」

レーガン大統領-
「打ち上げの中継を見ていた子供たちに伝えたい。冒険は発見の過程では、こうした痛ましい事故が時に避けられないのです。しかし、これは終わりではない。希望は受け継がれます。未来は臆病な人々のものではなく、勇気ある人々のものです」

 1986年1月28日。スペースシャトル「チャレンジャー号」は、打ち上げから1分後に爆発。この事故で、民間から初めて宇宙飛行士に選ばれた女性教師のクリスタ・マコーリフを含む7人の乗組員全員が命を落とした。そして、記憶にも新しいが、その17年後の2003年2月2日には、生還を目前にした「コロンビア号」が私たちの目の前で空中分解した。確かにいつの日か、私たちは宇宙を探索する崇高な試みを捨て去るかも知れない。しかし、たとえそうだとしても、それはまだ先の話。

 数々の犠牲の後には、必ず輝かしい勝利が舞い降りる。「チャレンジャー号」の事故の後、1990年4月24日には、宇宙飛行と並ぶ人類の夢、時間旅行を可能にするハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられた。まるでタイムマシンのように、何十億年も前に放たれた恒星の光を私たちに届けてくれる。そして「コロンビア号」の惨事の上には、国際宇宙ステーションの時代が幕を上げつつある。

宇宙(そら)へ。公式サイトより引用



●感想、思ったこと(ネタバレあり)
 席につくのがちょっと遅く、開演時間ぎりぎりに到着。8/21と金曜日のレイトショー時間だったのですが、さすがに500円で初日と言うこともあり、結構人が入っていました。すでに座っている人に「すみません。」と良いながら自分の席に向かうのですが、荷物の多かった男性は、足をよけようともせずに、しかも「ちっ」っとあからさまに舌打ちされました。
 ぎりぎりになっちゃったので申し訳なかったけれど、まだ始まってもいないのに、ちょっとくらいよけてくれても良いと思いません?しかもこれから観る映画は宇宙がテーマですよ。スケールの大きな映画を観ようという直前に、そんなちっぽけことでいらつかなくてもと思ってしまいましたがいかがでしょう?
 実際に映画を観ると、完全にドキュメンタリーです。人類の宇宙開発にはその偉業に果敢に挑んだにもかかわらず不幸にも命を落としてしまった人たちもいます。そういった悲しい事故も含めてアメリカが宇宙に挑んだその歴史が刻まれたドキュメンタリー映画です。
 ドキュメンタリーとしてはとても良くできている作品だと思うのですが、映画じゃないと思うので、観て良かった度は3点にしました。

 もしこの作品の映画化の話がなければNASAはおそらく貴重な映像をフィルムのまま保管していたかも知れません。この作品が作られることになったおかげで、フィルムが劣化する前にハイビジョンのデジタル映像に移せることになったのではないでしょうか。そう言う意味では歴史的にみても貴重な作品なんじゃないかとは思います。
 ちょっとNHKを見ているような感じにもとれますが、実際のCGを使わない美しい宇宙を(と言っても宇宙が写っているシーンは多くはありませんが)大スクリーンで観る機会は多くはないので、宇宙が好きな人にとっては必見の作品だと思います。

 話は全く変わるのですが、NASA初のトルコ人宇宙飛行士候補生のアニリール・セルカンが書いた本があるんですが、どれもおもしろいので、オススメです。(ちなみに、この方、今は日本に在住ですので日本語も読みやすいです。)



観て良かった度:●●●○○ 3点 最低1点、最高5点






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